私の青春だった公文

私は小学校3年の時から高校3年まで公文に通っていました。
公文で良かったことは、大人になってから感じたのですが、自分で問題を解いていく力がついたことです。
最初は数学から始めることになりました。
1+1から始まりましたため、その問題自体は簡単でした。その後、問題自体は難しくなったため考自分で問題を説くことになりました。
その時に先生に言われたのが、「わからなければ先生のところに来なさい」という言葉でした。
私は聞くことが恥ずかしいと当時は思っていました。

親からは人に聞くことは恥ずかしいことだと教えてもらっていたためです。
そのため、聞くことの大切さがわからないでいました。
大人になってから聞くことの大切さが身にしみてわかりました。

わからないことをほったらかしにすると、一生の恥だということです。
私自身、一生の恥をかきたくないため無我夢中で聞いていました。

個々に勉強方法と、分かるまで教えてくれる教師陣
個別指導を本牧の塾にしてよかった。
通ってみてそう思いました。明るい雰囲気で楽しく授業ができる
そいう基本的な事はとても大切だと思うんです。

次に良かった先生です。帰る時に毎回握手をしてくれる先生がいました。
その先生はとても明るく、優しい先生でした。
父の転勤の関係で島根から東京にでてきましたが、その時都会が初めてでした。
その時、学校にいじめにあっており、先生の握手がとても優しく感じたとともに、次回まで楽しみに待ってくれてるあたたかい手をしていました。
しかし、その時だけいじめにあっていたことを忘れることができる瞬間でした。

もう一人優しい先生がいました。できない私を一生懸命教えてくれた先生です。
私は当時から頭がいいほうではなかったため理解力が乏しいところがありました。
その先生は私のことを21時まで教えてくれました。
たった一人ぼっちになっても最後まで一生懸命教えてくれる先生でした。
その先生のおかげで私は数学だけいつも90点以上を取ることができました。

それだけでなく、全国の公文の中で一番を取ったことがありました。
その二人の先生のおかげで、私は今でも明るく暮らすことができ、一生忘れることができない先生となりました。